アルフがホームの敷地前に着くと、敷地内にある3段ほどの階段で座ったまま、うつむいて寝てる男がいた。
「バッファ?」
よっぽど疲れているのか、もしくは美味しい夢でも見ているのか?口からヨダレを出しながら気持ちよさそうに寝ている。
アルフは小さなため息をしながら何かを思いついたように、買いだした荷物の中から『ネッギ』と呼ばれる緑色の長い野菜を静かにそっとバッファの手元に置いた。
スーっと息を吸い、両手をたたいてパン!
「今だ!ブラック3!」
寝ぼけながらも反射的に野菜をボウガンだと思い込んだバッファはすかさず構え、狙撃のためにうつぶせの体勢をすかさず取ろうとした──
(……は?ネッギ?)
しかし階段であるためすぐに体勢を崩し慌ててうまく着地しようとするもバッファは階段横に茂みに突っ込み、空中に浮いた野菜をアルフはうまくキャッチした。
「……。」
「おはようバッファ」
「アルぅ……」
「ほんとは副長に僕の事を手伝えって言われてたんじゃないの?」
「……ちょっとだけサボったら行こうと思ってたんだよ……」
「バレてまた副長に怒られないといいね」
「……賭けるか?」
「勝負にならないと思うよ?」
「怒られるに10ゴルド」
「怒られるに10ゴルド」
二人は笑いながら荷物を抱えてホームの中に入っていった。
ハウスのドアが開くと鈴が鳴り、アルフとバッファはホーム中に入ってテーブルに荷物を置いた。
2階の個室からアキが出てアルフ達を迎える。
「ただいま、副長」
「2人ともごくろうさま、量が多くて大変だったでしょ?」
「ふー、疲れたぜぇ……」
アキは疲れた様子を装ったバッファを見た。
「んー?」
アキはメガネを光らせるかのようにバッファに近づいてまじまじと見た。
「な、なんすか副長?」
「言ったはずよね?荷物が多いからアルフを追っかけて手伝ってあげなさいって。
おおかたハウス前で少しだけサボるつもりがひと眠りしてしまい、気づいたらアルフが戻って来てた。なんて所でしょう」
(合ってる……)
(合ってる……)
「せめて今度からはちゃんとヨダレは拭いてからごまかす事ね」
「あ、そうだ副長。隊長が戻れない時は通信を入れるって」
「そう。隊長も大変ね。また政治絡みの厄介話なんてされてなければいいけど。
ま、今日はもうご飯にして先に休ませてもらいましょうか」
「了解。今日はオルバ肉が安かったからオルバ肉のシチューでも作ろうか」
「お、いいねぇアルフ様の得意料理!」
「アルフにばっかり頼ってないであんたも手伝いなさいよ」
「へいへい!」
──────────
一方その頃……サルゴン街の中部にあるコンラッド事務次官の屋敷へとジンが訪れていた。
14年前に存在した領主などの要人の屋敷は赤鷹事件で全て跡形もなく消え、新しく建てられたのが屋敷のひとつである。
「ジン様、お元気そうで何よりです」
「コンラッド殿も何よりだ。事務次官の役を全うしてらっしゃるようですな」
「殿はおやめください。昔のようにコンラッドとお呼びください」
「お互い立場というものもありましょう。西部の政務を取り仕切る事務次官様相手にそうもいかないでしょう」
「お気にかけていただいて嬉しゅうございます。ですがこの屋敷内だけでも昔のように話していただけると……」
「ふっ……わかった、相変わらず真面目なやつだ」
「聞けばジン様は中央からの任務帰りだとか。
最前線で指揮を取るその雄姿、おいくつになられてもお変わりないようで……ささ、お食事を用意しております。こちらへ」
「それで、今日は他にもゲストがいるらしいな?」
「ええ。というよりもそのゲスト"達"がジン様にお話があるとの事です」
(さて……複数ともなると余計に検討もつかないな……)
「こちらの部屋です。フラッグ隊ジン=ダグラス様がお見えになられました」
個室のドアを開くと2人の人物が椅子に座っていた──
「貴殿は……」
──────────
翌朝、サルゴンの街にそびえ立つ時計塔の鐘が街に鳴り響く。
街中に雷(レギ)の刻を知らせて、多くの人たちの一日が始まる。
フラッグハウスの個室から隊員がまばらに1階へと降りていく。
「おはよう副長、バッファ。ごめん朝ごはんの準備を任せちゃったね」
「うぇーす」
「おはようアルフ、いいのよいつも任せっきりだし。たまに一番最後まで寝ててもバチは当たらないわよ」
「あれ?隊長は結局戻ってこなかったんだ?」
「ええ、昨晩通信兵から伝言通信が来たわ。いつ戻るかまでは言ってなかったけど」
「ということはそれまで待機?」
「うーん、そうね。ホーム内待機にしておきましょうか」
「了解、そうだバッファ。買ってきた日刊ウォルターもう読んだ?」
「いんや、寝ちまってまだ読んでないぜ」
「そっか、読み終わったら後で僕にも貸してよ」
「ああ、いいぜ。飯の後に読むからその後でいいか?」
「いいよ」
パンと昨日の残りのシチューの朝食を取りながら、アルフは思いついたかのように昨日の話をした。
「そういえば2人とも、旧サルゴン基地のうわさって知ってる?」
「うわさ?なんじゃそら」
「わたしも初耳ね。どこで聞いたの?」
「昨日警備隊がちらっと話してたのを横で聞いたんだ。
どうも旧サルゴン基地に化け物の出現情報があって、警備隊から偵察チームが編成されたらしいよ」
「旧サルゴン基地に?14年前までは国防の要塞だったけど赤鷹事件以降はずっとただの廃墟でしょ?
まぁ魔獣くらいいても不思議じゃ──
突然、小さなベルの音が『3回』ハウス内で鳴った。
その音と同時に3人は緊張するかのようにその音先を見た。
「レベル3……緊急要請のコール……!?」
フラッグの通信は通信機に設置されたベルの回数で通信内容をおおよそ分別している。
アキがハウスにある固定通信機を取り、コールをしてきた通信兵と話しはじめ、それを静かにアルフとバッファは立ったままアキを見ている。
「はい……はい……えっ……」
ひと通りの話を聞いたアキは通信を切り、真面目な顔で話を始めた。
「……旧サルゴンの化け物、どうやら実在したみたいよ。
さっきアルフが言ってた偵察チームの消息が不明らしいわ」
「それでこっちに緊急要請?でもフラッグは……」
「そうだぜ副長。俺たちはあくまで対人部隊のはずですよ?」
「…そうね。私たちフラッグは、対人間の一点にのみ、その遂行力に特化し発揮するチーム。
アルフや隊長はともかく、バッファは専門外どころか私なんて足手まといになりかねないわ」
「なんでそれなのにこっちに話が来ちゃうんすかね?冒険者組合にでも投げればいいものを」
「ま、メンツって所じゃない?」
「かーーーーーッ!まったく本部の連中は……くっだらね。
メンツで専門外の仕事を投げられてもなぁ」
「それに今は隊長もいない……すぐに合流できればいいけど」
「そこは本部も考慮してくれたみたい。増援として戦闘要員を送るって言ってるわ」
「増援?」
「ええ、そうよ。……少し引っかかるけど。とにかくその増員と現地で合流後、偵察チームの生存確認と救出作業。
脅威があった場合対象をせん滅……だそうよ。
まったく本部も何を考えてるのかしらね。増員を送る余裕があるならはじめから本部で対応すればいいのに……」
「じゃあ僕が先に現地に向かうよ」
「うん……そうね。バッファをフロントと一緒に行動させるわけにいかないし……私も対魔獣では役に立たないしね。
私とバッファは隊長に連絡をつけて合流してからバッファと隊長を現地に向かわせるわ」
「気をつけろよアル」
「うん、それじゃまた後で」
3人は慌ただしくそれぞれの準備を行い、アルフはサルゴン街の西にある旧サルゴン前線基地へと向かっていった。
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