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執筆者の写真SHADOW EGG

5話『旧サルゴン基地のうわさ1』

汽笛の音が空に広がった。

まばらというには少なく感じ、にぎわうというにはあまりにも多すぎるほどに駅はエーテル機関車の到着を待つ人々が立っていた。

線路上のエーテル機関車がゆっくりと止まり、排気の音とともに両開きの扉が開くと、背伸びをしながら黒い軍服を着た男が飛び出すように機関車から出て来た──


──オドン帝国領サルゴン街──


オドン帝国とはセルティア大陸南西部に存在する軍事国家。

帝都フォーランゲルを中心とし、そこから東西南北に陸路でつながった大きな町が各地域に存在する。

東西南北の西にあたるのがこのサルゴン街である。

各地域には皇帝から領主として任命された貴族達がおり、オドン帝国に属する兵はこの各領主軍と警備隊として大半が組織されている。


しかし14年前の赤鷹事件と呼ばれる未曽有の事件をきっかけに、緊急時の命令系統の遅さの改善と若手育成もかねて帝国は各主要都市にそれぞれ独立特殊部隊を発足。

オドン帝国独立特殊部隊とは軍部の命令系統から独立し、隊の判断で行動する事が可能である。

もちろん軍部からの緊急要請に対応する事も多いが、それは命令ではなく要請の範囲となっている。


通称フラッグと呼ばれる彼ら第4特殊部隊は、ホームのあるサルゴン街にエーテル機関車で帰還したのだった──



「ふーやっと帰ってきた……腹減った……」


「あらバッファ。残念ね、まだ仕事は残ってるわよ?バル研事件、それにフォーランゲルでの監査結果。報告書作りっていうあなたの嫌いなお仕事がね」


「かーーーーーッ!独立特殊部隊なんて響きはいいけどそういう所ほんとに地味すぎて泣けるぜ……」


「ならバッファ、報告書が出来たら俺が詰所に持っていってやろう」


「え?隊長……あ、いや……それはさすがに……」


「そうですよ隊長。いくらなんでも……そもそも雑務は私たちの仕事ですし」


「おいおい、別に甘やかしてるわけじゃないぞ。

事務次官殿から風(エアリ)の刻に本部に来るよう頼まれているからな。

なら効率的にといこうじゃないか。」


「コンラッド様に?……また密偵調査でしょうか?」


「さぁな、それに甘やかす気はないぞバッファ。

それまでまだ時間は十分にある。

報告書作りが終わったら今日は魔術の基礎訓練を行うぞ」



報告書さえ作れば休める、と内心喜んでいたバッファの心はハンマーで砕かれるかのごとくヒビが入り、いつも笑顔のアキでさえ少し引きつったように見えた。

一方アルフはというと……


「ああそれとアルフ、今日の買い出し当番はおまえだったな。

なら俺と一緒に出るぞ」


「わかりました」


最年少のアルフは迷いもなく即答し、表情を変える事もなくジンとともにホームハウスへと向かって歩いていった。

あきれと敬意を交えたような沈黙と表情でその背中を見つめるアキとバッファ。


「うへぇ……なんであの2人はあんなに元気なんですか?」


「隊長はまぁともかく……アルフは……うーん…バッファも見習ってもっと格闘術の訓練でもしてみたら?」


「そんな事を言ったら本ばっかり読んでる副長もでしょうが。

ま、俺もいつかは……」


バッファは両手をてんびんのように広げて目を閉じながらそうつぶやいた。

ふと顔を上げ空のかなたを見ながら作戦行動中のアルフとジンの戦いを脳裏に浮かぶと、薄く笑いがこみあげて来た。


「ハハ……人間向き不向きってありますよね副長。

別に無理する事もないんじゃないですかね」


「同感ね……さすがに建物の屋上から飛び込む度胸はつきそうにないものね。

それじゃ、さっさと報告書まとめて鉄人さん達に早く休んでもらいましょうか」


「了解っ」


少し笑いながら2人はジンとアルフを追って、街の中心部から少し離れたホームハウスへと歩いていった。

見上げると空は青広く、白い鳥の群れが羽ばたいていた。


街中で時折、すれ違う警備兵達がフラッグ隊に小さくあいさつの様な敬礼している。

特殊部隊とはいえば一般的に想像するのは極秘部隊だろう。

だがフラッグや他の独立部隊も秘密的な存在ではなく法案として表に出されている部隊。

つまりどちらかといえば国家に属し国家の利益のために任務を行う冒険者チームのようなものというのが適切だろう。

それゆえに彼らの拠点であるホームハウスは小さな宿のような構造になっており、広いエントランスには皆で雑務から食事までするような大きな木作りのテーブル、そして2階には各々の個室があり、隊員達だけでなく隊長のジンも現在はここで生活をしている。

軍部の宿舎というよりギルドハウスに似ている──


フラッグ隊員達はホームハウスに戻ると休む間も無く、アルフは人数分の茶を用意しバッファとアキはすぐにテーブルに向かい紙と羽ペンで報告書を作りはじめた。

バッファが文字を書きながら、ふと思いついたかのようアルフに話しかける。


「なぁアル。今日の……バル研究所だっけ?いったい何のための研究所か知ってるか?」


「うん、警備の人に聞いたけど……どうやらエーテル学関係の研究施設らしいよ』


「へぇ?とても魔法の研究施設には見えなかったけどな。

となると導力機関係って所か?」


「マナ遺伝におけるアンチセンスとエーテル学論』


横で話を聞いていたアキが報告書を書きながら言葉を挟んだ。

その言葉が少し気になり、アルフとバッファは手を止めアキを見る。


「ア、アンチセスン?」


「ばかね、アンチセンスよアンチセンス。

最後にお礼を言ってくださったあの人、バル研究所所長カーウェン・オファル氏。

マナの遺伝学の論文で有名な方よ」


「アンチセンス……って確か生物が体内でマナを生成する部分だよね?」


「そうね。エーテル学の中でも生物学……うーんそうね、もしかしたら魔法の才能についての研究所って所じゃないかしら?

そもそもエーテルは生物のマナの影響を受けてエーテルそのものが性質変化、あるいは現象魔術によって魔法に至る。

じゃあなぜエーテルへのマナの影響力が生物によって個体差が生じるのか?

そうね、確かにそこに遺伝情報という考察がある余地があるのは当然……だからといって遺伝によってマナの質が決まるって訳でもなさそうだし、なるほどねだから関係性を……」


1人で考察しだすアキを見てバッファはこそこそとアルフに話しかける。


(なぁアル……俺よけいな事言ったか?)


(いいんじゃない?副長も楽しそうだし、それに……あれこそアキ=ファルマって感じしない?)


バッファが再びアキを見ると彼女は右手で報告書を手を止めずに書き続けながら、器用にも左手でメガネをクイッと考察を続けている。

ピンクの長い髪と赤いメガネが特徴的な彼女こそフラッグ隊における紅一点、そして頭脳である。

オドン帝国第4独立特殊部隊フラッグ副長アキ=ファルマ。

彼女はフラッグ隊にて戦術立案、任務指揮を行うことが多い。

戦闘技能に関してはからっきしでその辺りの一般警備兵でさえ敵わないが、彼女の強みはなによりも副官としての能力の高さである。

実際に8年前にアキが副官となった以降の任務効率が実際に数字として出ており、フラッグ隊はジン=ダグラスと同様、彼女に信頼を寄せている。

フラッグ隊がエーテル通信機を使うようになったのも彼女の進言である。


バッファは椅子を少し倒しながら両手をてんびんのように肩位置で広げ、2人は小さなため息のような笑いを含んだ。


「じゃあ僕は隊長にもピトゥ茶を持って行ってくるよ」


「オーケー」


バッファは再び報告書を書き始め、アルフはピトゥ茶の入ったカップを手に二階にあがっていった。

フラッグ隊のホームハウスではひとつルールがある……それは、ホーム内にまで規律を準じる必要がないこと。

これはジンや軍部が定めたルールではなく、過去にフラッグ隊の中で自然とそういう風潮が出来上がった。

2階のジンの部屋のドアを2度ノックし、アルフが声をかける。



「アルフか、入れ」


アルフが部屋に入ると、椅子に座ったジンはこちらを見る事なく何かの資料を見ていた。


「隊長、お茶が入りました」


アルフの気遣いに対しジンは資料を見るのをやめ、アルフを見ながら話した。

「ああ、丁度喉が渇いてた所だ、ありがたい。」


「いえ、それでは」


「おいおい、今はもうホームなんだ。そんなに他人行儀はないだろう」


「……そうだね、ごめん」


やれやれというようにジンはアルフからカップを受け取りピトゥ茶を口に含んだ。

そしてまた椅子に戻りながらゆっくりとアルフに話す。


「まったく……仕事熱心なのもいいが、度が過ぎるのもい考えものだぞ?任務続きで神経を張るのはしょうがない。

だが乾燥させすぎたピトゥ草は風味が薄くなり、それが味に直結するものだ。

何事もほどほどだと何度も教えたつもりだがな」


「一番近くで隊長を見て育った結果が僕だよ。

だとしたら隊長も乾燥させすぎたピトゥ草……という事になるね」


「おいおい、誰も皮肉まで許したとは言ってないぞ」


アルフはその言葉をかわすように突然オドン式敬礼をして上を向いた。

少しの間を起き、アルフは目線を天井からジンにそっと寄せると、2人はほんの少し口を緩ませるように笑った。


アルフは14年前にジンに拾われた戦災孤児である。

当時、赤鷹事件でオドン帝国西部中がパニック状態であり、孤児の受け取り体勢も整わずそのままフラッグ隊がアルフを一時的に引き取り、旧フラッグ隊メンバーにかわいがられて育った。

その後、孤児院の受け入れ態勢が整うも、アルフ本人の強い要望(わがまま)によりジンの権限と特例でフラッグのホームで育てる事になった。

現役フラッグ隊の中では誰よりも付き合いが長く、アルフにとってジンは親と同じ存在なのだ。


「上出来だ、今日の仕事っぷりも含めてな。」


「あのジン=ダグラス直々に指導してもらってる以上、戦力にならないわけにはいかないしね」


「仕方なくだ、まったく……今でも無理に軍に志願した時に止めておけばよかったと思ってるさ」


「……ごめん」


「まぁいい、アキとバッファに伝えておいてくれ。報告書が出来次第、各員食事をとれ。

のちに土(ストール)の刻から臨時魔法訓練を行う。復唱」


「報告書作成のちに各員食事。のちに土(ストール)の刻より臨時魔法訓練を行う」


今度は冗談の意味での敬礼ではなく、本来のオドン式敬礼をアルフは行いジンの部屋を出て行った。




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