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執筆者の写真SHADOW EGG

31話『アルメリアの鐘は訃報に鳴く15』

「──リゾルテ」


褐色肌の男が、口元で小さくつぶやいた。

それはまるで、黒──いや白い色素をすべて反転させたかのように、不気味な三日月状の斬撃が空間を切り裂いた。

残像が瞬く間に消えていくとともに、セティナたちを包んでいた青いドームが、まるで壊れたステンドガラスのように破片となって地に落ちた。

その─無数に散った破片たちは、青い輝きを放ちながら拡散するように消えていく──


「────え」


セティナはあぜんとした表情でその様を見ている。

それは敵対しているボルクスとエルミーナも同様だった。


「エーテルフィールドが──!?」



──木の枝が揺れる。

それは自然に揺れたものではなく、何かがその枝を足蹴にした反動で揺らされたのだ。

森の隙間から漏れた日の光に交じって、小さな影が、徐々に大きくなるように──ボルクスの頭上へと降下する──


「……!」


ボルクスがその兜を上げると、影がぶつかった。

まるで鳴り処の悪い鐘をたたいた時のような振動と、心地の悪い音が周囲に鳴り響くとともに、すかさずその影は、ボルクスの兜を再び足蹴にして高く飛び、大地へと着地する──。


わらじのような足袋が、地面をこすった──

それは着地の反動を、滑って大地へと受け流すかのようであり、その足は土煙をおこしながら急速に静止していった。


セティナの視界に、背中が映る。


前かがみとなった黄土色の背中──片ヒザをその大地につけ、滑り込むような着地の姿勢で、その者はじっと立ち止まった。

セティナよりもほんの少しほど高い背丈をしているだろうか。

褐色肌の細い筋肉──銀色の薄いモヒカンのような髪をしているが、仮面をつけているせいで、後ろにいるセティナからはそれ以上の認識をする事が出来なかった。


──屈(かが)んだ姿勢のまま、ゆっくりと両手を背後へと動かしていく仮面の男。

男の両手首には、どこか特殊な文化のある、民族特有のような彫り物が肌に直接刻み込まれているせいか、それは一目でこの国の人間ではないと思うほど特殊な模様だった。


「何者──?」


警戒をするエルミーナが、仮面の男に問いかけた。


「へっ……何者もなにも、ただの迷子だってんだ──」


かすれた声──そしてその遺跡を彩る土偶のような仮面からは似つかわしくないほど、その男からは『迷子』という言葉が出てきた。


「はぁ──?答えろ、なにをした?エーテルフィールドを壊したのは、あんた?」


「さぁね──だったら……どうする?」


仮面の男に余裕があるのか、それとも余裕を作っているのか。

仮面の男は、身動きひとつととらず──いまだにセティナの前でかがんでいる。



(やべーやべー……女の子のピンチかと思ったら、とんだ修羅場っぽいじゃんかよ……あーこりゃ無理だな──逃げるか)



「ボルクス──いくわよ」


「…………。」


仮面の男は屈(かが)んだまま、背後に位置付けている両腕──その右手の人差し指をまっすぐと地に刺すと、土を削るように何かを書き始めた。


『めをとじろ』


後ろにいるセティナへと、フェスティア語で書かれた5文字のメッセージを送った。


仮面の男は、エルミーナたちから見えないように腰の後ろで、何かをゆっくりと取り出した。

彼が握っていたのは、布にくるまってデコボコした太い枝のようなもの。

枝の底が小さな空洞になっているのか、布を突き破って彼が指を突き刺すと、穴の中で閃くような赤い光を放った。


ほんのわずかの間だったが、セティナは慌てて耳と目をふさいだ──


ボルクスが、重く──それでいて力強い一歩を踏み出し、同時にその後方にいたエルミーナが、その杖を仮面の男に向ける。

仮面の男が布にくるまった枝を、まるでゴミでも捨てるように目の前に投げると──その枝が何の前触れもなく、大きく爆発した──


破裂する爆発の中心から、とてつもない爆発が来るのを察知したのか、ボルクスとエルミーナは大きく後方へと飛んだ。

さらにその直後、付近の全てが巻き込まれるように、遅れてやってきた白い煙が、辺り一面を覆っていく──


「……」


「ケホッ──ケホッ……なによこれッ!目が──」


仮面の男が小さくつぶやいた。


「──シュヴァット」


警戒するボルクスとエルミーナをさらに不意打ちをするかのように、ボルクスとエルミーナの足元に、うずまく黒い霧──円陣のような刻印が浮かび上がった。


(黒いエーテル!?)


視界を遮られていた中、足元の異変に気付いた2人は、その直感からか、さきほどの爆煙の時よりも、素早くさらに後方へと飛んで避けた。


黒い霧の円陣から突如、あらわれたのは、禍々しい断頭台の血塗られたギロチンのような刃──人の全身を突き刺すほどの禍々しい刃が、地上へと突き出した。

あの場にとどまっていれば、モズのはやにえ──いや、悪魔に捧げる生贄のようになっていたと思うほどに、おぞましい刃だ。

断頭のような刃が地中に戻っていくと、エルミーナは次を警戒した。


「──ケホッ」


「……」


咳き込みながら、対処を考えるエルミーナ。

そして不気味と微動だにしないボルクス。


(めんどうな戦い方をする──!……ああめんどくさい……この森、全部燃やしてやろうか──)


歯をキシリとするしぐさ──エルミーナはストレスを感じているのか。


(いいわ、相手してやる、次は──なに──?)


応戦する事を決めたエルミーナ。

視界のない中で、警戒を続けているが──なかなか仮面の男は次の一手を打ってこない。




(…………ッ!まさかッ!?)


エルミーナの杖の周りを螺旋の風が取り巻く。


「リウィンド!」


慌てて手に持っていた杖を大地に突き刺すと、螺旋(らせん)の風が大きく外に広がる。

突風のように広がる風とともに、視界を奪っていた白い霧が薄くなって、外へと拡散していく。


ついさきほどまで、そこで伏せていたはずのセティナと仮面の男の姿が、どこにもない。

はるか前方──そして付近を見渡しても2人の姿が見当たらない。



「──やられた」


「……エルミーナ」


「うるさい!アンタがモタモタしてるから!ああもう──」


エルミーナの持っていた杖先に、紫色の妖しいエーテル光のような光が収束する。

杖を両手でもって、壊れてもおかしくないほどの勢いで、大地を力いっぱいにたたいた。


「サモン!」


たたいた地面から、大きな紫色の円が波紋のように素早く広がった。

すぐさまその中心から、紫一色の沸騰した泥沼のような穴が広がっていく──それはまるで、どこかの異界に通じてそうな禍々しい穴。


咆哮──それは低い狼の遠吠えのような叫びとともに、禍々しい穴を貫いてきたかのように紫色の大きな獣が空へと飛び出した──

天に昇ったその紫の狼獣(ろうじゅう)が、エルミーナの前へとストンと4本足で着地した──


「ラギ、女の匂いを探して、追うのよ」


エルミーナの命令に、紫の狼獣(ろうじゅう)からの反応はなかった。

喉で鳴らしているうめき声のような音を鳴らしたまま、ラギと呼ばれた紫の狼獣は、辺りの地面を大きな鼻で嗅いでいった。


──しばらく地面を匂いで嗅いでいると、何かを感じ取ったのか、大きく振り返り、その先を感情のなさそうな瞳で見ていた。

突然、爪のするどい4本足で、迷わず森の中を駆けるように走っていった──



「逃がさないわ──いくわよボルクス──」

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