「はぁ……」
船首で退屈そうに手すりへともたれ掛かってるバッファは、眠そうな目で海を眺めていた。
見える景色は青い波とほんの少し霧の混じったような空。
そして聞こえる音は波の音ばかり。
センチメンタルや風情を感じる感性がなければ飽きるのも当然なのだろう。
最初こそ気分も上がり、いざという時の緊張感も心の隅に残してはいたものの、それが続くとバッファは気は緩む。
それこそが彼の良さであり、アキにいつも怒られている悪い部分のはずが、今日は怒られずにいるようだ。
そんなアキも右舷には同じくして海を見ながらぶつくさと何かを考えていたのだ。
「なぁ、おまえらの隊っていつもこんな感じなのか?」
カジを取りながらステンは真面目にアルフへと話しかける。
「移動中はいつもこうかも。変?」
「いや、なんというかオドン軍の連中ってもっと頭の固い連中だと思ってたからよ。それに……」
「それに?」
「あのキレモノ旦那の部下がおまえらみたいに人間味のあるやつらってのが意外だったよ」
「そっか……でも逆かも」
「逆?」
「そう、あの隊長だから安心して僕たちは自分の役割に専念できるんだと思う」
「そういうもんか。信頼してるんだな」
「うん」
互いに顔を見る事なく前を見ていた2人だったが、アルフはステンを横目で見ながら質問をした。
「……まだ隊長が怖い?」
「さぁ、どうだろうな」
ステンは前を見ながらどこか言葉をはぐらかしたかのように見えた。
それはアルフが信頼している隊長への気遣いからなのか、ステンなりの冗談なのかはアルフにはわからなかった。
(怖さ……というよりも不気味なんだよ)
──ステンは空を見て、鼻でスンと潮気の匂いを嗅いだ。
「……気圧が下がってきたな。そろそろか。アル、旦那を読んできてくれ」
「うん、了解」
アルフは身軽に甲板への階段の段を飛ばし飛ばしに降り、そのまま船室へと降りていった──
──船室の椅子に座って本を眺めているジンの元にアルフが声をかける。
「隊長、ステンさんがお呼びです」
「ああ、わかった」
開いていた本をパタっと閉じそれを机に置くとジンは立ち上がり、太陽の光が差し掛かる甲板へと出て行った。
机に置かれた本の表紙カバーには『フェスティア神書第6巻』と書かれていた──
「──状況は?」
「今のところ順調です。ですがそろそろ言っていたサハギン出現海域に入ります」
「そうか、読みは?」
「……恐らく来ます。気圧が下がってる上に海鶴が先ほどから見ません。それがサハギンによる影響なのかは別として、備えるに越した事はないかと」
「わかった。隊員達は対生物戦闘には慣れていない。アイツらにも説明してやってくれ。……バッファ、アキ!」
──ステンの元に集まったフラッグ隊員達はサハギンについての説明を受けている。
「──出航時に簡単に話しましたが、サハギンは魔獣ではなく水棲魚(すいせいぎょ)生物です。成体サイズは大きくても100カームほど。まぁ大体が人間の半分ほどのサイズです。水中で襲われたならまず厳しいですが陸上での動きは遅く、単体でみれば大した脅威じゃないはず。なので船の上で交戦すれば特に問題ないはずです」
アルフが小さく手のひらを見せるように手を挙げてステンに話しかけた。
「サハギンって海から船に飛び乗ってくるの?」
ステンは自身の顔の前で左手を水平にする事で海を現し、そこから飛び出すサハギンについて右指先で放物線を描きながら話した。
「ああ。海から出てくる瞬間だけ勢いよく飛び乗ってきやがる。だが陸上の動きは水中より圧倒的に遅い。だから船上に誘ってたたくのがベストだ」
「なら俺は的当てゲームしれてばいいって事っすね」
「撃ち落としに自信があるならそれもいいだろう。サハギンの死体処理の手間も省けるしな。問題は……サハギンは群れて動く性質がある所だ」
「遭遇時のおおよその数は?」
「通常多くて10……運悪く繁殖期に当たったとしても20ほどです。とはいえ船を壊すほどのパワーはサハギンにはないはずなんで、ウチらはうまく各個撃破を基本として戦ってました」
「そういうわけだ。前も言ったが船上でエーテル魔法の使用は禁止だ。左舷右舷を俺とアルフで両フロント。バッファはその間で狙撃。アキは船室で待機だ」
「今回は出番なしか。魔法も使えないんじゃバックアップすらできないもの。ごめんなさいね」
「以降は第二種戦闘配備で待機だ。何か質問は?」
「ステンさんは?」
「おいおい、俺も船室に行ったら誰が船の操舵(そうだ)をするんだ?俺の背中は預けたぞ」
「そっか……うん、任せて」
「ただの杞憂(きゆう)で終わる可能性もある。それに対生物戦闘は慣れていないと思う。が、各員これで慣れろ。では状況開始だ」
「了解!」
フラッグ隊員達は船でのポジションへと散るように移動していった──
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