群れた海鶴達の影が、薄くステンの頭上を駆けていく。
舵を片手にステンは日の光から腕で目を隠すように上空を見上げると鼻をすすった。
(いいニオイだな──風の機嫌がいい。……このままでしばらくは問題なさそうだな)
「アル!しばらく休憩してていいぞ!」
甲版で前を見ているアルフにステンは大声で伝えた。
アルフは片腕を上げて、その場を離れると船首にいるバッファの所へと歩いていった。
「バッファ、しばらく休憩だって」
「聞こえてたぜ──くぅぇ海はいいねぇ、男のロマンって気がするなぁ」
フェンス状の手すりにヒジをもたらせながら、嬉しそうにしている。
「ロマンか。そんな事考えた事もなかったな」
「アルは戦闘バカだもんな。ま、そこがお前のすげぇ所なんだろうけどなぁ。そういやあれだろ?昨日の旧サルゴン基地の時にまたこう……なんていうの?必殺技ーみたいなコツとか掴んだんだろ?」
前を見ながら楽しそうに話すバッファをよそに、アルフがいつもの表情でバッファの隣で手すりにもたれかかった。
「──覚えてないんだ」
「あん?」
「ミハエルさんもコリンズさんも僕のファイアランスが決定打になったって言ってた。でも……実はほとんど覚えてないんだ」
急な学問に困惑するかの様にキョとんとした表情でアルフを見ていた。
「プハっ!死の間際のバカヂカラって奴かぁ!?やっぱ戦闘バカじゃねぇか!」
そう言いながら大空へと高笑いするバッファをよそに、アルフは旧サルゴン基地でフェイント攻撃を喰らった出来事を思い出す。
(あの時……ほんの一瞬意識が飛んだ。……一瞬?──どこからどこまで?
基地の中で──身体はうまいこと動かなくて……コリンズさん達を助けなきゃ……光?手を……伸ばしてるのは……)
「アル……──アル」
「……え?」
「副長化してんぞ」
「あ……ははっ……」
「おいおい勘弁してくれよ、これ以上変人が増えたら俺も困るぜぇ?」
「変人?」
「そうだろ?隊長は名の轟く元名将、副長は戦略マニア、同期の隊員とくれば戦闘バカ。フラッグは変人ばっかの集まりのせいで、フツーな俺が変なのかって思っちまうぜ」
「バッファがフツー?」
「なんだよ?俺も変わってるって言いたいのかよ?」
アルフは小指から一本ずつ上げるように数えながら話す。
「どこでも寝れる。あんまり考えて話さない。すぐサボりたがる──」
「おいおい喧嘩売って──」
「なのにボウガンの腕はピカイチ。ここぞという時に外さない度胸の異常な高さ」
アルフは全ての指を開き切ってバッファを見る。
いつもアキに言葉狩りをされてるのもあり、意外なアルフの答えにバッファは目を開いてあっけにとられていた。
バッファは表情を隠すかのようにそっぽ向いて口をとがらせながらも小声で話した。
「……サンキュ」
ほんの少し沈黙の時間が流れるとバッファは後ろを向き、背中と両ヒジを手すりにもたれて空を見上げながら話す。
「あーあ。やっぱお前と張り合わなくて正解だったな」
「……そういえば軍学校ではやたらとつっかかってきてたよね」
「まーなぁ。どこの誰かもわからねぇガキが軍学校に入ってきたかと思えば次々と好成績をあげていきやがる。気に食わねぇもんだから躍起になって張り合ってみたものの、まーかなわねぇ敵わねぇ」
どこか気だるそうに本音を話すようにバッファ。
「でよ、お前と同期のエリーシャの奴につい聞いたんだよ」
「エリーに?なにを」
「アルフレッドは何者なのかって。そしたらよ『あの』名将ジン=ダグラスに大事に育てられた養子ってか。まぁなんつーの?気分は複雑だったぜ?」
「なんで?」
「実子ならまだしも養子。それってお前の能力が才能だけから来るものじゃないって事だろ?で、俺の腹ん中はお前への対抗心よりも、アルを育てたジン隊長への興味になったわけよ」
「だからフラッグ隊に志望を?」
自身の手を組み、両腕を上げ固まった身体を伸ばしながらバッファは話しを続ける。
「ま、その動機やら全部含めて色々と俺もガキだったんだよ」
「ガキって……バッファって僕とそんなに変わらないんじゃないの?」
「あ?22だぞ」
「え?」
──バッファは腕でアルフの首へとつかみかかってなにやら騒ぎ始めた。
舵を取りながら遠巻きに子供達がじゃれあってるような光景がステンの目に入った。
(……何をやってるんだ、アイツらは)
──その一方、下の船室では机に向かって地図を見るジンと積み荷の確認しているアキ。
上の甲板からバッファ達が騒いでる声がうすく聞こえてくる。
「……まったく何の騒いでるのあの子達は……ちょっと一言──」
「放っておけ、初めての船出で興奮してるのだろう」
「でも──」
地図を見てはいるものの、何か深く物事を考えているかのようなジン。
そんなジンの姿がアキには異様な姿に見えたのか、言葉の続きをかみ砕いた。
「不服か?」
「──え?」
「情報部がしゃしゃり出て来た事に──だ」
「……まったくないといえばウソになります。しかし隊長でさえ引っかかってるくらいです。副官なら黙って口を紡いでましょう」
「なぜ引っかかってる思う?」
「勘です」
「まったく、アルフと似たような事を言うなアキは」
「あら、勘を育むような教育をされたのは今、目の前にいる方なんですけど」
「それもそうだな」
「ま、とりあえずちょっと静かにするようにバッファに言ってきます」
「ああ」
アキはそういうと船室の階段を上がっていく。
(……否定はしなかった。隊長が何かが引っかかってるのは確か。情報部?でも今回の国外任務に情報部が出てくるのはわかる。一連の内容にも整合性は取れている)
アキが甲板に出るとピンクの髪が海風でなびいた。
(……なら何に?──いつから?コンラッド事務次官と会ってから?政務に戻って来てくれとでも言われた?ならまぁ納得だけど……)
アキはアルフ達の元へと甲板を歩きながら考察を続けるアキ。
(昨日、旧サルゴン基地にいたアルフに真っ先に救援に出るべき際に出たフラッグへの一時待機命令。隊長の違和感。あれはアルフを育てるための狙い?)
「副長?」
「え?」
「どうしたんすか?何か用です?」
「あ、ええ。そうね。あなたたち騒ぎすぎよ。特にバッファ」
「あ、はいすんません」
考えながらまた甲板をぐるっとまわるように去って行った不可解なアキを見ると、アルフとバッファは目を合わせて疑問を共有した。
(はぁ……考えてもわからないわね。この作戦が終わったらちょっと探ってみようかしら。……なにか嫌な事がないといいけど)
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