サルゴン街を東にいけば、先日アルフ達が死闘を繰り広げた旧サルゴン前線基地があり、さらに東に行くと港といえるほどではないが、船を止めるためのさん橋が並んでいる。
そして旧サルゴン前線基地の北西には以前、アルメリアやテリドアへ抜けるための広い大地が存在していたが、14年前の未曽有(みぞう)の大厄災、『赤鷹事件』によって三日月状の湾岸と化していた。
赤鷹が消えたとされているこのいわくつきの湾岸付近は再建、復興される事もなく、あまり人が近づこうとはしなかった。
そんな打ちあがる波と吸い上げる音だけが交互に聞こえるこの人目につかない湾岸に、一隻のコーグ船と呼ばれる今はあまり使われていない少人数用の帆船が用意されていた。
「コーグ船か……またシャレた船を用意したもんだな」
いつもの黒い制服ではなく、冒険者の格好をした4人のフラッグ隊と操舵手(そうだしゅ)として雇われた元海賊は砂浜を歩いて船の前へと立つと、ステンは無表情ながらどこかちょっと嬉しそうにコーグ船を見ていた。
コーグ船はずんぐり型かつ太目の形をしており、さらに木造の船体に鎧張りという鉄鋼部で加工された細工との2重構造になっている。
一本のマストに吊り上げられた横帆、甲板からは広くはないが階段で船内にも入れるようだ。
「いい船なんですか?」
「あ……今時こんな過去の産物に乗り込むのはモノ好きくらいです」
「おいおいなんだよそれ、大丈夫かよ?」
「……コーグ船は操舵手の技術で変わる少人数用の船なんです。
腕のあるやつが操作すれば安定して早く、下手なやつが使えば遅い言うなれば玄人向きの船です。
正面からの向かい風に極端に弱いっていう所」
そういうとステンは船に取り付けられたハシゴをのぼり、船の構造を確認しながら甲板を歩き回った。
「ステンさんちょっと嬉しそうですね」
「だな。海賊っていうより船乗りの職人って感じもするけどな、よっ……と」
バッファもハシゴに手をかけ甲板を昇って行った。
アルフがふと後ろを振り返ると少しほど離れた所で通信機に耳を当て話しをしているアキと、その横で腕を組んでじっと空を見ているジンの姿がった。
(…………?)
「おーいアル!すげぇぞ!船内があるぜ!」
波の音に混じったように渡り鶴の鳴き声がこだまする中、アルフは黙ってふたたび正面を見た。
強い潮風と潮の匂いを感じながらもそれを妨げるかのように、風で揺れているバンダナのような赤いマフラーを深く鼻先まで上げ、船へとのぼって行った──
「──アルメリア領東部の、ホルン沿岸だ」
「……ホルンですね。この位置からだと……西南西の方角か」
ステンは地図を見ながら右手の親指と人差し指を口元に当て、何かを考えているようだ。
「……あんたら急ぎなんですよね?安全だが少し遠回りのルートとちょっと危険の可能性があるが早いルート。どっちがいいんで?」
「どういうことだ?」
ステンは地図に現在位置に指を当て、フラッグ隊員全員に説明するように左下へと動かしながら話した。
「俺たちのいる海岸が今ここ。んで今から向かうホルン沿岸が南西のこの辺りで」
ステンの指先はほんの少し右側に動いて円をグルグルと描いて、トンと叩くと地図下の甲板木材が鈍い音を鳴らす。
「……この辺りがちょっとクセ者で。海流と気圧の流れが複雑な海域なんです。今乗っているこのコーグ船は正面からの逆風に弱い構造なんですが、安全ルートをたどるとどうしても逆風の時間帯を避けられない。ここを下回りに行くことで追い風を受ける事が出来るんですが、問題は下の追い風を受けられるギリギリの航路を通っても『サハギン』の出没地域に重なってしまう事。それを避けるために大きく南に迂回(うかい)するルートもなくもないんですが、海賊組ヴァイパーの哨戒船と遭遇する可能性が高くなります」
「サハギン……水棲魚(すいせいぎょ)生物ね」
「具体的に到着予想時間にどれほど差が出る?」
「皆さんも戦闘のプロという事を考えれば、そこまで大きなリスクとはならないでしょうが……帆役が船乗りでない分を考えれば……刻一つ分って所で」
「よし、早いルートで行くぞ。対人でなければ戦闘はかまわん」
「わかりました。それとアルフさんとバッファさん」
「バッファでいいっすよ」
「そうだね。僕もアルで」
オドン警護兵を敵視していたはずのステンだが、アルフやバッファとのとっつきやすさに少し困惑していた。
この作戦行動が終わればこの2人と会う事もない。
海の一期一会の考えがそうさせたのか、ステンは2人と一時的にクルーだと思うようになった。
「……ならおれもステンでいい。おまえら2人には俺の合図で帆の上げ下げを頼みたい。中央の装置を押すだけだが常にどちらか交代でいてくれ。
それと出航時にアンカーを上げるのも頼みたい。なんたって……重いぞ」
「了解、合図をよろしく。ステン」
アルフとバッファはアンカーチェーンを巻き引き上げるための場所へと位置についた。
それまでずっと表情の変わらなかったステンが口元でフッと笑うと舵を握り深く息を吸い込んだ。
「お待たせしましたフラッグ隊のダンナ。
元海賊組ヴァイパーのステン。これよりこの船の指揮を預かります。
出航準備!アンカーを上げろ!」
フラッグ隊と元海賊はオドンの地を離れ、極秘裏にアルメリア王国へと向かった──
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