「概略を説明する」
食後のテーブルを囲むように座っている隊員達に向かって、ジンが作戦内容を説明していく。
「全員、先日起こったバル研事件の出来事はまだ記憶に新しいな?3日前、われわれが帝都フォーゲランデで任務を終え、列車でサルゴンへ帰還途中、緊急通信の応援要請によって、急きょこれに対応した。バル研事件を襲撃中の犯人達を無力化、そして人質の安全確保に成功。その後、増援に来た中部の警備隊へと襲撃犯12名を引き渡した。ここまでがわれわれの仕事だったな」
「そう改めて聞くと完璧な仕事っぷりっすね」
「そうだな。だがこの話には続きがあってな。犯人をバル研究所から帝都フォーゲランデに護送途中、突如警備隊が襲撃され、拘束中だった犯人達が逃亡した」
「え?」
「……は?」
「追跡班からの定時連絡によると、逃亡したと思われる襲撃犯達は西に向かったとのこと。つまりここサルゴンの区域だ。その後、何者かの手引きにより船を使い、海峡へと入ったとの事だ」
「あぁ、だから旧サルゴン基地の時に対応した人員が薄かったのか」
「サルゴンから海峡……その向こうは……あ、アルメリア王国。そっか、だから副長はさっきアルメリアの話をしたんだね」
「そうよ。尾ヒレの意味もわかった?」
「かぁぁぁぁ余計な仕事をブン投げられて、完璧な仕事をしたかと思ったらまた相手方のポカのしわ寄せを投げられたってか。たまったもんじゃねーっすね」
「まぁそういうなバッファ。何事にも予期せぬ事態というものはある。そんなわけだ。今回のわれわれの任務内容は追跡班からの情報を元に逃亡したやつらを追跡、すみやかに身柄を拘束する事。情報部からの任務だ」
「隊長、質問です」
「なんだアルフ」
「それってつまりアルメリア王国の領土内で軍事……とまではいかなくても軍に属する人間が他国で戦闘行動を起こすって事ですよね?アルメリア、テリドア、オドンの三国間で結ばれている『ナザリ条約』の項目に触れませんか?外交問題になるんじゃ……」
「そうだな。とはいえアルメリアの今の情勢は知っているな」
「ええ、昨夜に王女様が事故で行方不明だとか……あれ?この日刊ウォルターの発行日って……」
「そうだ。アルメリアの事故が『3日前』バル研事件が『2日前』だ。これが偶然なのか因果関係があるのかはわからん。だがこの期でオドン帝国からアルメリア王国へと逃亡した襲撃犯が、今度はアルメリアで何かしらの問題を起こしアルメリア軍に身柄を拘束されてみろ。王女の事故もオドンの暗躍だと言いかねられんほど不利な外交カードを持たれるリスクがある。もちろんアルメリアによる密偵の線も切れているわけではない」
「襲撃犯のめどはついてないんですか?」
「さぁな。俺も最初は南あたりの犯行だと考えていた。協力者の数を見る限り組織としての行動というのは間違いないはずだ。ところが襲撃犯は予想に反して、南ではなくサルゴン西に逃亡。そこから南下するそぶりも見せずに海峡にもぐりこんだ事から、本部では一度、海賊の線も追っていたみたいだな」
「海賊がバル研究所を襲撃?」
「……俺たちじゃない」
そうつぶやいた声のするほうをフラッグの隊員達は一斉に見た。
口を開いたのはジンが連れて来たステンだった。
「……海賊は海賊だ。そりゃあ商船を襲ったりもした。生きるために必要だった事だ。弁明もしないさ。けどわざわざ遠くの陸に出てわけのわからん研究所なんざ襲う理由がねぇ。お頭にもそんなとっぴな道理はねぇ」
「だ、そうだ」
「おいおいおい、ちょっと待てよ。お頭って……あんた海賊なのか?」
「……そうだ。俺は海賊組ヴァイパーのステン。あんたらオドンの犬に捕まったせいで『元』海賊だけどな」
「ちょ、ちょ、ちょっと話が全然見えないんすけどどういう事っすか?なんで海賊を連れてきてるんすか?」
「わたしから説明するわ。いい?……まずひとつめ、フラッグがアルメリア王国に渡って作戦行動を起こす場合は内密に行う必要があるの。恐らくこれは大前提。ふたつめ、犯行がヴァイパー海賊の線を探るために情報部はステンさんの取り調べを行った。でも恐らく彼との問答から察するに彼らには動機も理由もつながらなかった。……合ってますか?隊長?」
「ああ」
「そして、みっつめ。追跡における最短ルートと隠密性を踏まえて、私たちも陸路ではなくて海峡を船で迅速に渡る必要がある。陸路だと北からの迂回(うかい)になるしどうしても隠密性には限界があるもの。海路の場合、必要なのは腕のいい船乗りと、どの海路をたどればヴァイパー海賊の『目』を潜り抜けられるか。余計な衝突は避けるべきだし、できれば商船の目も避けてね。ま、蛇の道は蛇ってことね。情報部はこのどちらの条件もクリアできるステンさんに司法取引を持ち掛けたんでしょう」
「うへぇ……またむちゃくちゃな作戦を考えますねぇ。ああ、今回は情報部か。けど……さっきは同じ皿の飯を食った仲っすけど……ソイツが裏切る可能性はないんすか」
「どうかしら?ステンさん」
隊員達がステンを見るとビクッと冷や汗をかきながら慌てて横を見て目をそらした。
(そっか……それで最初は軍人に対する敵意よりも難癖すらつけられない立ち振る舞いで警戒してたんだ。あの厚いガーブのようなものは海での防寒か。目つきは悪いけど……本当にそんなに悪い人なのかな……?)
「……ほんのさっきまでは逃げる事も考えてはいたさ」
「さっきまでは?」
「もうずっと地下牢ではクソみたいな飯と雑に扱われていたからな。それでもどこかで飯さえ食えればいいと思ってた。けどあんたらと食った飯の時間は……なんかこう……温かかった。……この仕事が終われば俺を解放してくれるんだろう?なら……信用してみせるさ」
「だってよ、アル」
「……」
「ま、海賊に戻らないという事が前提ですけどね」
「……司法取引で開放されてヴァイパーに戻った所で、今度海でヴァイパー側があんたらと対立した場合、真っ先に疑われるのは俺だ。お頭はそういう人間だ。仲間のためにも俺は戻らない方がいいさ……」
「ということだ。船での移動中は彼の言う事に従って行動しろ。あとはアキの言った通りだ。火(ファイ)の刻に追跡班からの定時連絡が来る事となっている。説明は以上だ。何か質問のある者は?」
ホームの中が静まり返る。
「よし、各員は制服ではなく私服に着替え、火(ファイ)の刻の定時連絡をもって作戦行動へと移行する。極秘は最優先事項。ゆえに本作戦行動中はコードネームの使用を禁ずる。それまで警戒レベル1で待機。以上だ、解散!」
「了解!」
ホームの中でフラッグ隊員達が慌ただしく動き始めた。
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