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執筆者の写真SHADOW EGG

17話『アルメリアの鐘は訃報に鳴く1』

「おはよう副長」


個室が並ぶ廊下からホームの1階へと降りる階段をゆっくりと降りていくアルフ。


「おはようアルフ。よく眠れた?体の調子はどう?」


「うん、特に問題はなさそうかな」


「そう。もうすぐお昼時だけど朝食はどうする?」


「お昼にみんなと一緒でいいよ」


朝日はすでにずいぶんと昇っており、太陽の日差しが窓から部屋の中に差し掛かっている。

そんななごやかな天気とは真逆なように、ホーム内には羽ペンを片手に地図資料とにらめっこしながら頭を抱えているアキしかおらず、アルフは少しホーム内をさらっと見渡した。

目に付いたのはテーブルの上に置かれている雑誌、それは2日前にバッファから頼まれた『日刊ウォルター』だった。


「隊長とバッファは?」


「隊長なら今朝早くに出かけたわ。バッファは自主トレ」


「バッファが?」


「そ。誰かさんに感化されたのかしらね?次の作戦行動までアルフもゆっくりしてていいわよ」


アキと話ながらアルフは椅子へと座り、その『日刊ウォルター』を手にとってテーブルにかがむように雑誌を読み始めた。

日刊ウォルターとはオドン帝国中部にあるウォルター通信社が発行している出版誌であり、国内外の情勢の記事から流行り物の情報まで多くの記事が載っている雑誌である。

中部で発行されたものが翌朝には東西南北の主要都市の雑貨店に並んでいるのは、オドン帝国内のエーテル動力機関車による流通力ならではだろう。


ページ順に記事を流し見していると、読んでいる日刊ウォルターにアルフを含めたフラッグ隊が歩いている姿が映った1枚の写真が掲載されていた。


「ねぇ副長、これって」


「ああ、先日のバル研究所から出る時に撮られたみたいね。

事件発生から私たちが撤収するまでそう長い時間でもなかったのに、それもあの深夜に中部からわざわざかけつけるなんて……ウォルター社の記者もずいぶん仕事熱心なものね。

……ま、私たちも似たようなものだけど」


(なるほど……バッファは記者に撮られた事に気づいたから、珍しく雑誌なんて買おうとしたのかな)


「あまりオドンとしてもウチとしても特殊隊員を表部隊に出したくはないはずなんだけど、帝都の情報部は何をやってるのかしらね」


「でもフラッグ隊くらいだよね。一般的にも堂々と独立特殊部隊を名乗って任務遂行してるのって」


「そうね。独立部隊制がまだ試験的なのもあるけど……ウチの場合はやっぱり隊長の知名度による影響が大きいもの。

特殊部隊の中でもさらに特殊なケースよね。ま、おかげで尾ヒレが付いた分までウチに任務がまわって来ちゃうのはちょっと考えものね」


アルフと話しながらもアキは羽ペンを片手にじっとテーブルに広げられた地図を見ている。


「……さっきから地図とにらめっこしてるみたいだけど、次の作戦立案してるの?」


「そ。と言いたいけど今回は立案じゃなくて確認。それと個人的に気になる事を考えてるって所」


そう言いながらアキは人差し指でアルフの持っている日刊ウォルターを押すように2度ほど指し、指先だけを小さくクルッとまわす所作をした。


(……日刊ウォルター?……次のページを読めってこと?)



──国外ニュース……オドン帝国、西の隣国にあたるアルメリア王国で悲報に見舞われている。

アルメリア王国第一王女でおられるセティナ=ラ=アルメリア殿下が昨夜、不慮の事故で行方不明の知らせが届いた。

とある関係者によると、いまだ遺体の確認は未だできていないが、事故の状況などにより生存確率は極めて絶望とのこと。

アルメリア王国といえば、現国王であるゼファール国王が病で公務に支障をきたしおられる。

ただでさえ国政が非常に不安定な状況が続く中、セティナ王女殿下への王位継承のうわさを目前にして、今回の事故が起こった。

同じく継承権を持つ第二王女であるアリア様はまだ幼い。以上の事からこれからの内政、外交の動向に国民からは不安の声が上がっている──


「……アルメリア?」


「そ。尾ヒレにも困ったものね」


「尾ヒレ?一昨夜って事はバル研事件の前日だから3日前の出来事だよね。……オドンが一枚噛んでるの?」


「まさか。噛まないようにするのが仕事」


アキの言ってる事からまったく話の全体像が見えなかったアルフ。

片側の眉だけひねったように、両手で前に倒した雑誌を開いたままアキを見つめる。

しかし対話相手のアキはメガネを光らせながらブツブツと言いながらも目線を合わせる事もなく資料を見続けている。


(副長……スイッチが入ってるな)


アルフはそんなアキを見ていたが前に倒していた雑誌を自身の顔にゆっくり寄せ、雑誌で口元を隠し目線を落として雑誌を見続けた。


──時間がたち、お昼時の前になるとバッファが自主トレから戻るとアルフ達は既に食事の準備をはじめていた。

テーブルの上にスパイスキノコのアルビアータやスライスされたオルバ肉の漬け料理が乗った皿をテーブルへと運んでいる所、ホームの扉が開いた。ジンだ。

アルフ達は一斉に入口を見てジンに言葉を投げかけようとしたが、ジンの奥には見慣れない男が立っていた。


(だれだろう……?)


ジンは急ぐかのように2階につながる階段へと歩きながら、隊員へと言葉を投げた。


「ああ、いいそのまま準備してくれ。概略説明は食事後に行う。

俺は済ませてきたから俺の分は彼にやってくれ。アキ、資料を」


「ええ、どうぞ」


アキから資料と地図を受け取ると、ジンは1人で個室へと戻って行ってしまった。

ジンとともにやってきた男は取り残されたように入口で突っ立っていた。

ボサっとした髪は黒に近いが所々に緑がかっているように見える。

バッファより少し身長の高いほどの男は、これからまるで北方の寒い所にでもいくかのようなガーブのようなマントで首下の全身を覆っており、額には青いバンダナが巻かれている。

カチャカチャと食器の音だけが鳴るのが若干の気まずさを感じさせるほどにバッファ達は黙々と食事の準備をする中、アキがバンダナの男に向かって話しかけた。



「いきなりウチの隊長がすみませんね。

オドン帝国第4独立特殊部隊フラッグ隊の副長のアキ=ファルマです。えっと……」


「……いや、いい。……ステンだ」


「ステンさんね。食事の準備中なのでちょっとだけお待ちいただけます?」


「……わかった」


ステンと名乗った男はアキに椅子へと案内されつつ、その間誰とも目を合わせようともしなかった。

ぶっきらぼうなのか、コミュニケーションが苦手なのか、椅子に座っても黙って不気味に下を向いたままのステンを見て、バッファはアルフにコソコソと耳打ちで話しかけた。


(……だれ?)


(……さぁ?)


──準備を終え、隊員達は食事を取り始めた。

アルフやバッファが美味しそうに食事を始める中、ステンは手をつけずにじっと下を見ていた。


「気にしないで好きなだけ食べて」


微動だにせず、うつむくステンに向かってアキが言葉を伝えると、ステンは何かを考えながらゆっくりとフォークを手にとり、料理をまっすぐと見つめる。

フォークを手にとったにも関わらずすぐに口にしない事に、何に迷っているのかアルフ達には考えつかないほどステンは静止していた。

静かにゆっくりと深呼吸をすると、ステンは何もなかったかのようにスパイスキノコのアルビアータを口へと運んだ。

ほんの一瞬、ステンの時間が止まったかのようかと思えば、我慢をしていた犬のようにむしゃむちゃとステンは次々と料理を食べ始めた。

その様を見て、まるで奇を見るかのように驚いた表情のバッファはステンに話しかけた。


「なんだよスゲー食うじゃん。そのアルビアータ、コイツが作ったんすよ」


バッファは手持ちのフォークでアルフの方を指すと、ステンは食事の手を止めアルフをまっすぐと見た。

これがステンという男がフラッグ隊員の顔をしっかりと見た初めての瞬間だった。


「うまい……です」


「当然よね。まったく隊長もこんなおいしい料理を食べないなんて損してるわよあの人も」


「……まったくだ」


間のないステンの意外なその一言で大きく笑いにつつまれた事で、ホームの空気は一変した。


「怖ぇ人かと思ったけど意外と話せるんだな。俺、バッファっす」


「アルフです、まだおかわりはあるんで足りなかったら言ってください」


「……ステンだ。……特殊部隊と聞かされて内心ビビってたけど……あんたら意外と話せるんだな」


「ああ、この空気はウチだけかもね。他はもっと軍規軍規してると思うわよ」


「……そうか」


和やかさを取り戻しながら、フラッグ隊員が和気あいあいと食事をする光景にステンはどこか過去を思いながら食事を続けた。

──食事が終えそうなタイミングを見計らったかのように、ジンが階段を降りながら隊員達に言葉を投げかけた。


「楽しそうだな。作戦概要を説明するぞ。各員そのままでいいから聞け──」



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