古来より全ての攻撃の動作には流動性というものが存在する。
特にアルフのように遊撃としての立ち回りが多く求められるとなると、連撃そのものの速さ、そして決められた1パターンの連撃ではなく初手から次の2手目の選択肢が多くて困る事はない。
それは筋肉の扱いだけではなくマナのエーテル変換を連撃の合間に、かつ身体のどこに何の現象を差し込むかで間を詰める事も動きの選択肢の変化を新たに作る事も可能となる。
連撃の土台の最適化を行うために繰り返しアルフは剣を振っていた。
まだ身体は重いが、あくまで身体へとにじませるためだけの素振りだが、しばらく剣を振り続けていると突然何かが自分へと襲い掛かる殺気のような気配を感じた──
(──!?)
視界外から来るはずのない飛来物の存在を感じたアルフ。
研ぎ澄まされた集中力は飛来物を気配だけで捉え、スローモーションに感じるほどの集中力で振り向く動作と同時に下から剣撃で打ち上げるように飛来物を捉えた──
「メ~」
──短刀を上空に打ち上げ、剣撃の余韻のように静止してるアルフのはるか後方に転がって着地したのは、音の鳴る縫い目の入ったヒツジさん人形だった。
「もう動いていいのか?」
アルフに話しかけた声の方を見て、静かに息を整えながらアルフは答えた。
「はぁ……はぁ……言葉と行動がともなってないよ、ジン」
ホームのドアの前には、背をもたれたジンが腕を組んで少しだけ笑ったように見ていた──
──ジンは温かいピトゥ茶をカップに入れるとアルフに渡し、入口前の小さな段差に座り込んだ。
「眠れないのか?」
「うん、体は重いんだけどね、まだ気持ちが高ぶってるみたい」
「そうか」
2人は目を合わさず、黙ったまま真っすぐ見ていた。
ジンとアルフが2人で話す事は少なくはなかったが、沈黙を共有する事はアルフが入隊してからはあまりなかった光景だった。
ジンは月を見始め、アルフは下を向き、ゆっくりと話しはじめた。
「……はじめて、死ぬかもって思った。だからなのかな、さっき……夢を見たんだ」
「夢?」
「子供の僕が暗闇で何かから必死で逃げまどう夢。まるで8年前のあの日から逃げているみたいにまだ追われていたよ」
「……まだ気にしてるのか」
「忘れようとは思わないけど、いくら技術を磨いても心はそう都合よくいかないもんだね」
「……まったくだ」
「ジンでもそういう事はあるの?」
「フッ、さあな」
2人が座り込んで見ている景色は所々と変わりつつも、何度も見てきた光景であり、多くの仲間達がそこで笑い、泣いて去って行った景色だった。
その思い出の中には、隊員がヒツジさん人形を操り、それと木の棒で戦うようにはしゃいでいるアルフの姿もあった──
──縫い目と色あせたヒツジさん人形が月夜に照らされながら転がっている。
「……アルフ、軍へ志願した時の事も覚えているか?」
「もちろん、覚えているよ。
8年前、グゼ達が亡くなった日、葬儀をしてる墓の前で……だよね?」
「おまえ、墓の前で大泣きしてフラッグに入るって泣き喚いていたな」
「……でもジンだけは反対したよね。それだけは絶対にダメだって」
「ああ、そうだな」
「ジンに拾ってもらってから僕の事を本気で怒ったのはあの日が初めてだったかもね」
「……そうかもな。だが融通の利かない頑固者のおまえは家出までして知らないうちに志願などするものだから本当に困ったぞ」
「は……はは……」
「なんでだろうな。おまえを力ずくでは止められない事をなぜかうすうす感じていた。
止めさせる方便などいくらでも用意できるが、覚悟をもってしまった子供を止める言葉は俺には浮かばなかったよ」
ジンは淡々と普段なら話さない自身の心の言葉を話していった。
「そりゃそうだろう?俺を見ておまえは育ち、自分をかわいがってくれたグゼがあんな死に方をしたんだ。覚悟を持つきっかけとしては十分だ。
……そんなおまえの意思を俺には覆す事はできなかった。なら俺に出来る事は、おまえをどんな逆境にも耐えられる、屈強な戦士に育て上げる事だけだ」
「……ジン?」
「後悔はしていないか?」
「……え?」
「あの時、おまえが軍に志願した事を力ずくでも止めさせ、拒んでいればってな。
こんな戦いと任務に明け暮れることもなく、平和に暮らしていけたはずだ」
「もしおまえを見つけたのが俺じゃなく、他の誰かであれば──」
「僕はジンに感謝してるよ」
アルフの割って入った言葉に驚いたジンが横を振り向くと、アルフはジンを真っすぐと見ていた。
「ジンが拾ってくれたから、あのまま道端で死なずに済んだんだ。ジンが守ってくれたから、昨日はコリンズさんを守れた。ジンが育ててくれたからこうして今を生きていられるんだ」
ジンは再び前を向き自身の手を口元で重ねて遠くを見つめた。
「……そうか」
「どうしたのジン?らしくないよ」
「……そうだな。気にするな。さっき言った事は忘れてくれ」
ジンは立ち上がり、月の方角を見ることで今の時間を確認した。
「さて、俺はもうひと眠りする。気負う気持ちもわかるがアルフももう休め」
「……うん」
冷めたカップを手にしたままジンはホームの中へと静かに入っていった。
冷静沈着でありつつもどこかで自分の事を子供のように心配をしているのかと思い、アルフはほんの少しあがった頬を隠すかのようにピトゥ茶を飲んで月を見た。
いつもは閉じ切っているはずのホームの2階のバッファとアキの個室の窓がいつになくほんの少しだけ開いていた──
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