人で賑わうサルゴン街も夜更けとなると人通りは少なくなるせいか、街灯の明かりと見張りの警備兵がやけに目に入る。
街の中心部からやや北の辺りに歩いた場所に、サルゴンに在留する警備軍を取りまとめる軍本部の大きな敷地があり、警備隊などの軍部に属する人間の書類、査問、訓練、人事の通達などの多くはここで行われている──
城門前の道を挟んだ隅で、花壇が植えられているレンガの前に座って、頬に手を、ヒジをヒザで支えてあくびをしながら今にも眠そうなバッファと、街灯の柱に背を持たれて立ちながら何かの本を読んでいるアキがいた。
城門前で何かに気づいたアキは本を閉じながらバッファに話しかけた。
「終わったみたいね」
向かって軍本部の敷地の入り口は城門のような鉄格子の扉が上がっており、その両脇には正面を向いたまま表情ひとつ変えない見張りの警備兵。
その間を抜けるように、城門前を照らすサーチライトの中を通ってジンとミハエルが歩いて出てきた。
「待たせたな」
「いえ、ご苦労さまです。それで……本部の反応はどうでした?」
「大体はアキの想定通りだ。
上層も対処を検討するとは言うものの、どのみちどこも人材の不足で外警戒に割りあてるリソースなど微々たるものだろう。
それに調査の本質は生物学者達の分野だ。われわれの出る幕はないだろうさ」
「……隊長はまたアレに類するものが出現すると?」
「さぁな。少なくとも今後フラッグがあんなものと対峙する事はないはずだ」
「そうだといいですがね。なんせウチらに今回の件が回ってきたのがどうもふに落ちないんすよね」
「その話だがな、どうも本部の連中は対人による事件だと想定していたらしい」
「対人想定?まさか。アルフが言ってましたよ。警備兵がサルゴン基地に化け物が出るというウワサをしてたって」
「……その肝心のアルフはどうした?」
ジンがそう言うと、バッファは黙ったまま前を向きながら自分の座っていた花壇の後ろ辺りへと反った親指でクイッと後方を指した。
暗い花壇の後ろで道通りからは見えないように、花壇にもたれてアルフは静かに座って眠っていた。
どこのだれがその穏やかな少年の表情を見ても、戦場から戻った戦士だとは思わないほどに無垢な眠り顔だ。
「ま、礼儀よりも能力優先がフラッグ隊とはいえさすがに人目に付かない位置に動かしましたけどね。本部の目の前で軍服を着てあんなに気持ちよく寝てる所はさすがに見せられないので」
「致し方ありません。ああなるのが必然と言えるほど何度もアルフさんにはエーテルで治療を施しましたから。
──アルフさんの戦闘技能にも驚きましたが、フラッグ隊みなさんの方々の戦術、連携、技能どれも大変な学びとさせて頂きました。
それではこの辺りで私は失礼いたします」
「アルと話さなくていいんすか?起こしますよ」
「いいえ、今彼を起こすのは無粋でしょうし……また彼とはどこかで会えそうな気がするので。……では」
ミハエルはフラッグ隊へと一礼した後に帰路へと振り向き、歩き出そうとした時にジンが話し出す。
「ああ、ミハエルさん。ひとつだけよろしいか?」
足を止め、振り返るミハエルが問いに答える。
「ええ、いかがなされました?ジン殿」
「なりゆきとはいえ、アルフが本当に世話になった。貴殿の上官に宜しくお伝え願いたい」
「──ええ、必ず」
最後まで凛とした立ち振る舞いでその場を去っていったミハエル。
「あんなスタイリッシュな人間が中部の警護軍にはいるんすね」
「ミハエル=ファレンス……どこかで聞いたような……?」
「さて、そろそろホームに戻るぞ。ああ、それと今回の報告書はコリンズ殿が仕上げてくれるらしい。
あちらには悪いがもともとは警備軍の管轄だからな」
「本当すか!?」
「ああ。帰ったら各時ゆっくり休め。それとバッファはアルフをおぶって帰ってやれ」
「はい!……え?俺が?」
「アルフは死ぬ思いして体力もマナも消耗して寝てるのよ、それくらいいいじゃないの。それにあなたならまだ体力も余ってるでしょう?」
「それはアキ副長も……」
「あらバッファ。あなたは自分だけ楽して女性に力仕事を任せるような男なのね。知らなかったわ」
「ぐ……」
こうしてフラッグ隊はサルゴン街の夜を歩き、ホームへと戻って行った──────
──────少年は夢を見ていた。
辺り一面、闇の中で足場すら見えないの幻覚のような世界で『何か』から逃げている子供。
その『何か』に対するおびえからか走り方さえ忘れたようにつまずきそうになりながらも、後ろを振り返る事を何よりも恐れながら──
(ハァ……ハァ……たすけて……!だれか……──が……あっ……!)
足をもたつかせた子供は、つまずいて転んだ。
体力の消耗から来る呼吸ではない乱れた呼吸で、恐るおそる──恐怖で首をまわす事を忘れたかのように視線だけを先行させ──ゆっくりとゆっくりと後ろを振り返る。
恐れていた『何か』が迫ってきたのか子供の目には、絶望が肥大していく──────
「はっ……!」
静寂の中、時計のゼンマイの音だけが等間隔で鳴っていた。
辺りは暗く月の光だけが窓から差し掛かっており、少年は乱れた呼吸と額から汗を流しながら目を覚ました。
見慣れた部屋の景色、それはいつも自分が起きる時に目に入る光景。
それがココを現実なのだと目を覚ましたばかりのアルフにゆっくりと認識させた。
「夢……」
アルフはベッドの上でゆっくり息を整えながら、時計を見た。
「おおよそ風(エアロ)の刻……フラッグの誰かが僕を連れて帰ってきてくれたのかな……もう一回寝る……のは無理そうかな」
アルフはベッドから立ち上がり、机に置いてあった自身の武器を取り自分の部屋を出た。
ホーム全体のエーテルランプは消えており、隊のメンバー全員が部屋で休んでいると思いアルフは静かにホームを出てゆっくりと扉を閉めた。
空を見上げて月の光を見ると、そのまま目を閉じ『敵』をイメージした。
その敵は白い影のようなモヤっとしたものではあるが、アルフのイメージの中でのみ構築させる敵を相手に重心を下げ、武器を構えた。
目を開くと同時に、短刀を大きく振り、一人で月の光に当てられながらアルフは黙々と短刀を振り続け、月夜の戦闘訓練を続けた──
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